「資格より経験 転職」で検索してこのページに来た人へ。結論から言う。資格は要らない、という話ではない。ただ、資格を取った時点で「これで通用する」と思っていたら、それは間違いだった、という実感の話をしたい。
資格を取った時、正直「これで食える」と思っていた
パーソナルトレーナーの資格を取った時、正直に言うとどこかで「これでプロとして通用する」と思っていた。専門学校で解剖学や運動生理学を学び、JATI(日本トレーニング指導者協会)の資格試験にも受かった。知識には、それなりに自信があった。
でも実際に現場に出てみると、その知識がそのままではお客様に伝わらなかった。例えば、「なぜこのフォームでやるべきか」を筋肉の名称や関節の動きから理論的に説明しても、お客様の反応は薄い。お客様が本当に知りたかったのは、「このトレーニングをやると、自分の生活の何が変わるのか」というもっと手前の話だったりする。正しいことを言っているはずなのに、なぜか響いていない。そういう場面が何度もあった。
そこで気づいたのは、実際に結果を出しているトレーナーは、もちろん知識もあるということだった。ただそれ以上に、お客様から信頼されているという共通点があった。そしてその信頼は、知識の量だけで生まれるものではなく、コミュニケーション力や人間性から生まれるものだった。資格が教えてくれるのは、あくまで「正しい知識」までだった。目の前のお客様が、なぜ運動が続かないのか。なぜ食事指導を素直に聞いてくれないのか。どう伝えれば信頼してもらえるのか。そういう「人を動かす」部分は、資格の勉強のどこにも書かれていなかった。
現場で実際に効いたのは、焼肉店長時代の経験だった
中でも大きく役に立ったのは、焼肉店の店長をしていた時の、対人コミュニケーションの経験だった。
その店は、テーブル席とカウンター席のある店だった。カウンターでは、店長である自分が目の前で肉を焼きながら、お客様と話す。何を話すか、どこで話を広げるか、どこで一旦黙って肉に集中するか。その場その場で会話を組み立てる必要があった。
初対面のお客様が何を話したい気分なのか、逆にそっとしておいてほしいのかを、最初のやり取りの空気で読む。肉を焼くという手を動かす作業があるからこそ、沈黙が気まずくならない間合いを作れる。そこから少しずつ会話を広げて、最後には気持ちよく帰ってもらう。この「目の前の一人と、限られた時間でどう関係を作るか」という組み立て方は、後にパーソナルトレーナーとしてセッションを組み立てる時、そのまま活きた。トレーニング指導も、種目を教えながら会話をする時間が長い。お客様の状態を会話から読み取り、どこで踏み込み、どこで様子を見るかを判断する感覚は、あのカウンター越しの時間で鍛えられたものだ。
店長時代はもう一つ、毎日決まってチェックすることがあった。今日の売上、お客様が実際に注文したもの、店のGoogleアカウントのアクセス数、そして先月との比較。これを見るのが、正直、毎日の楽しみだった。数字を見てなぜこうなったのかを考え、次の日の接客や仕込みに反映する。この「数字で仮説検証を回す」習慣は、お客様の体重・体組成・トレーニング記録を見ながら指導を調整する今の仕事に、会話の組み立て方と同じくらい役立っている。目の前の一人と関係を作る力と、数字から現状を正しく読む力。どちらか一方では、今の仕事は成り立たなかった。
保険営業の半年間も、遠回りではなかった
保険営業は半年で辞めた。当時は遠回りだったと思っていたが、今は違う見方をしている。
保険営業で身についたのは、営業の話術そのものだけではなかった。保険は、商品そのものの説明をどれだけ丁寧にしても、それだけでは売れない。「なぜあなたにこの保障が必要なのか」を、お客様一人ひとりの生活・家族構成・将来設計に引き寄せて話して、初めて伝わる。この「常にお客様のライフスタイルを意識して話す」という視野は、保険営業の現場で叩き込まれたものだった。
これが、さっき書いた「知識が響かない」問題への、そのままの答えになった。筋肉や関節の名前を並べて説明するのではなく、「このトレーニングをすると、あなたの生活のこの場面が楽になりますよ」と、お客様の生活に引き寄せて話す。保険営業で学んだ視点に、トレーナーとしての知識を乗せて話すようになってから、同じ内容の説明でも伝わり方が変わった。種目やメニューを教えるだけの人間ではなく、お客様の体のコンサルタントであろうとする姿勢。これは資格の勉強では身につかない、実際に人の人生の重みに向き合った経験から来ている。
遠回りに見えた道のりが、今になって分かること
ここまでの話を整理すると、資格が証明できるのは「正しい知識を持っていること」までだ。しかし仕事の成果を決めるのは、その知識を使って「目の前の人の行動を実際に変えられるか」という部分で、これは現場でしか身につかない。
建設現場、トレーナー専門学校、焼肉店のバイトと店長、保険営業、そして今のパーソナルトレーナー。振り返ると、5回の転職はすべて遠回りに見えて、実はこの「現場で通用する力」を少しずつ積み上げてきた道のりだった。資格の勉強をしていた期間より、現場で試行錯誤していた期間の方が、今の実力に直接効いている。
だからといって資格が不要という話ではない
ここまで読んで「じゃあ資格なんて取らなくていい」と思われたら、それは違う。資格には資格の役割がある。
お客様から見て、資格は「最低限の知識を持っている」という信頼の証明になる。資格がなければ、そもそも話を聞いてもらえる土俵に立てないことも多い。業界によっては資格が法的に必須の場合もある。資格を取ること自体は、間違いなく必要な最初の一歩だ。
問題は、「資格を取れば終わり」だと思ってしまうことだ。資格は入り口の証明書であって、そこから先の「現場で通用する力」は、資格を取った後に自分で積み上げていくしかない。
資格取得を迷っているあなたへ
もし今、資格を取ろうか迷っているなら、一つだけ聞いてみてほしい。「その資格を取った後、どこで現場経験を積むつもりか」を、資格の勉強を始める前に決めているか。
資格の勉強だけに集中してしまうと、「資格を取ること」自体がゴールになりやすい。でも本当のゴールは、その先で現場に立ち、試行錯誤しながら人を動かす力をつけることだ。資格を取ると決めたら、同時に「取った後、最初にどこで場数を踏むか」まで考えておいた方がいい。
自分の場合、その場数は必ずしも「同じ業界」で踏んだわけではなかった。焼肉店の接客、保険営業での対人経験、業界の異なる現場での試行錯誤が、今のトレーナーとしての実力に形を変えて積み上がっている。遠回りに見える経験ほど、後から効いてくることがある。
資格は始まりであって、ゴールではない。そのことを、5回の転職を経て実感している。

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